この用語のポイント
簡単にいうと…
運動の技術とは
運動エネルギーの変奏と、位置エネルギーの布置を、有用な仕事のために結集させる
という工夫のことです。
英語ではTechnology of kinesis(or motion)と書きます。
詳しくいうと…
運動に満ちた風景
わたしたちホモ・サピエンスにとって、為されると嬉しい運動とはなんでしょうか?
身近な動作についてだと、新聞紙を束にまとめたい(ロープ)、髪の毛に空気を送ってふわふわにしたい(ドライヤー)、釘を打ちたい(ハンマー)。
移動についてだと、あそこへ行きたい(自動車・車)、iPhoneを海外から輸入したい(船・飛行機)、高い所のてっぺんまで登りたい(エレベーター)。
裸一貫でそれらを行なうには骨が折れます。わたしたち自身の肉体は弱く、これらの運動によってすぐヘトヘトになってしまいます。一日は短いのです。
なので、これら運動を行なうのに、すくない労力で多くを得るようにしたい、いっそのこと人力は止めて、家畜や風、可能であれば電気の力でこれら運動を肩代わりしてもらいたい、と考えるようになったのは当然のことでした。
そうした工夫のポイントは、大きくわけて3種類あります:
①運動Eを他Eからどのように変換(捻出)するか?
⇒原動機の工夫
②得られた運動Eを使い、どのように個々の物体を動かすか?
⇒運動器の工夫
③得られた運動Eを使い、どのように人・物を移動させるか?
⇒輸送機械の工夫
①~③の工夫について、一つひとつみてゆきましょう。
原動機
コップを移動させたり、ハンマーを振るいたければ、自分の手で握ったり脚で移動すれば済みますね。
この場合、動力は自分の身体で、食糧の化学Eを源にして運動Eへと変換しています。「道具」と呼ばれる運動器のほとんどはこれら人力を動力源にしています。
では、人力以外で道具・器械さらには機械を機能させるにはどうすればよいでしょうか?
いろいろ考えられます、たとえば…
(a)他の生物に最初の運動を肩代わりしてもらう(牛・馬・ロバ・鳥など)
(b)地理の働きを利用する(風・水の流れなど)
(c)蓄積させたエネルギーを少しずつ解放する(錘の重力、ゼンマイの弾力など)
(d)自然の作用を利用する(爆発の勢いや、電磁界で動く磁石など)
上記のうち、生物を直接介在させない(b)~(d)の手法を実現するのが、原動機と呼ばれる仕組みです。
原動機は、生物と同様、運動Eを無から生み出すわけではなく、すでにある他Eを運動Eへと変換します。
たとえば…
・風力E⇒風車{羽根車→軸・歯車}⇒碾き臼の回転or揚水ポンプの稼働
・ガソリンの化学E⇒エンジン{気化→燃焼・爆発→圧力Eを受け止めるピストン→軸・歯車}⇒車のタイヤ回転
・電気E⇒電気モーター{電磁石の磁化→界磁の磁界→電磁石の運動}⇒ドライヤーのファン回転
このように原動機は、エネルギー変換機構として、上手くパーツを配置させながら重力・弾力の蓄積エネルギー/地理の働き/自然作用などを利用して、他Eから運動Eを捻出することができるのです。
回転運動は、他のパーツと連動させやすく、つまりエネルギー伝達のロスが少ないため、往復運動などと比べ、好んで出力形式として用いられます。
運動器
人力や家畜、原動機によって、動かすための動力源が得られたとします。
つぎの工夫は、何をどう動かすのか、つまり運動器の製造・選定・配置を考えます。
運動器とは、運動Eを受けて機能する道具・器械・パーツの総称です(このサイトの造語です)。
運動器は、その運動Eの力をいろんな方向へ伝達します。
たとえば錘(直線方向)、投石器(放物線方向)、ハンマー(回転弧方向)など。
また運動器は、その下位種別であるさまざまな力へと運動Eを変奏します。
たとえばバネ(弾力)、ゴムタイヤ(摩擦力)、ロープ(張力)、船体(浮力)、扇風機(圧力)、プロペラ(揚力)など。
このようにして運動器は、受け取った運動Eをさまざまな方向・作用へとバラエティ豊かに変奏しながら、同時に効果器として、それらから構成される器械・機械や運動対象物、あるいはホモ・サピエンス自身に、衝撃を与えたり、縛ったり、滑り止めしたり、推進したり、といろんな便利な機能を果たしているのです。
輸送機械
動力は、個々の運動器を動かすばかりではありません。
これら運動器を通して、人・物を移動させることもできます。
これを輸送機械と呼びます。
それぞれの構成は、たとえば…
・自動車{ガソリンエンジン-車輪-人}
・船{ディーゼルエンジン-スクリュープロペラ-貨物}
・飛行機{ターボファンエンジン-固定翼-人・貨物}
このようにして輸送機械は、原動機を含む動力と、車輪・スクリュープロペラ・固定翼などの運動器、そして人・貨物などの被輸送体とがセットになって、わたしたち自身の身体や、今朝飲んだコーヒー豆、いまも使っている海外製スマートフォンなどの交易品を、地域・国境も超えて運んでいるのです。
以上の原動機・運動器・輸送機を通して、ホモ・サピエンスの運動の技術は、他エネルギーから運動の力を得て、個々の運動する物を制作し、そして車輪などを通して人・貨物を輸送するのに役立ってきました。
いずれも、それら抜きではホモ・サピエンスの生態がまったく変質してしまうような、わたしたちの行動様式の根幹にある工夫ばかりであることがわかります。
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つまり…
運動の技術とは
運動エネルギーの変奏と、位置エネルギーの布置を、有用な仕事のために結集させる
という工夫のことです。
こどもの頃、木に登って見下ろす風景が新鮮で好きじゃった。木登りというふしぎな運動のおかげじゃったのだと、いま気付いたよ。
それに、技術物の運動を意識することは、コップを手に取り冷蔵庫から机へ持ってくる、という自分の何気ない動作一つひとつにも、意識の目と、ふしぎな気持ちを向けさせてくれるのぉ。
歴史のツボっぽくいうと…
◆原動機
【流体機械】
紀元前2世紀頃 小アジアで動力機関としての開放型水車が発明されたといわれる。
紀元前36世紀頃 エジプトで灌漑用風車が用いられる。
中世以降 ヨーロッパで開放型水車が劇的に普及する。
製粉用途のほか、工業用動力としても用いられはじめる。
10世紀頃 ペルシャで製粉用風車が建造され、
その後十字軍やモンゴル帝国を介してヨーロッパや中国へ広まる。
1848年 フランスの技術者ジェームズ B.フランシスがフランシス水車を設計する。
1851年 イギリスの技術者ジョン・アポ―ドルが遠心ポンプを開発する。
1887年 イギリスのJ.ブライスが発電用風車を発明する。
【熱機関】
紀元1世紀頃 アレクサンドリアの工学者・数学者ヘロンが
蒸気の噴射を利用して回転する球について記述を残す。
1680年 オランダのホイヘンスが、火薬を用いた
ピストンと真空による熱機関の考えを発表する。
1690年 フランスの物理学者ドニ・パパンが
蒸気の凝縮現象に伴う減圧を利用して大気圧によりピストンを上下動させる
機関を考案する。
1712年 イギリスの発明家トマス・ニューコメンが
鉱山の排水用として実用的な蒸気エンジンを製作する。
1769年 イギリスの技術者ジェームズ・ワットが
ニューコメンの蒸気エンジンの改良型を製作する。
1860年 フランスのルノワールが、点火着火型の往復動2ストローク内燃機関を製造する。
1882年 スウェーデンのド・ラバルが衝動式タービンを開発する。
1884年 イギリスのパーソンズが反動式タービンを開発する。
1903年 アメリカのライト兄弟が、レシプロエンジン搭載プロペラ機(
ライトフライヤー号)を開発、世界初の有人動力飛行を成功させたとされる。
1903年 ロシア帝国の物理学者・数学者ツィオルコフスキーが、
1926年 アメリカのロバート・ゴタートが
はじめて液体燃料ロケットエンジンの飛行を成功させる。
1939年 ドイツのハインケル社が、世界初のターボジェットエンジン搭載の
航空機He178を初飛行させる。
1950年代~ 航空以外の分野(戦艦、鉄道、自動車、発電など)で
ガスタービンエンジンが利用されはじめる。
1960年代 ターボファンエンジンが開発される。
【電動機】
1832年 イギリスの科学者ウィリアム・スタージャンが、
整流子式直流モーターを発明する。
1888年 オーストリア帝国生まれのニコラ・テスラが
1934年 ドイツの技術者ヘルマン・ケンペルが
磁器浮上鉄道にかんする特許を取得する。
◆運動器
前期旧石器時代(約330万年前) 石器が使用される。
旧石器時代中期~後期(数十万年~数万年前) 世界各地で弓矢が用いられはじめる。
旧石器時代中期(10~5万年前頃) 木の枝をしならせた罠が利用される。
旧石器時代後期(5~1万年前頃) 弦の張りを用いた弓矢が利用される。
旧石器時代後期(5万年~1万年前)
つる植物などの繊維を撚り合わせたロープが作られる。
紀元前5~4世紀 古代中国やヨーロッパで投石機が使用されはじめる。
紀元前5000年頃 古代メソポタミアで車輪が用いられたとされる。
紀元前2500年頃 古代メソポタミアで、ロバに牽かせた車輪付き戦車が用いられる。
紀元前2000年頃 中央アジア地方で、スポーク付き車輪が用いられる。
紀元前4世紀 古代ギリシャの哲学者アリストテレスが振り子について記述する。
紀元前4世紀頃 古代ギリシャの工学者ヘロンが、
弦をねじることで復元力を発揮する機械弓について記述する。
紀元前3世紀頃 古代ギリシャの発明家クテシビオスが、
青銅製の板バネを利用するカタパルトを発明する。
紀元前3世紀頃 古代ギリシャの工学者ビサンチウムのフィロンが、
弾性を備えた部品としての「バネ」の概念について初めて記述する。
紀元前3世紀 古代ギリシャの数学者・工学者アルキメデスが
船舶用のスクリューを発明したとされる。
紀元前3世紀 古代ギリシャの数学者・工学者アルキメデスが
液体中の浮力について説明する。
79年頃 イタリアのポンペイで鉄製の釘抜きハンマーが使用される。
14世紀頃 ぜんまいを利用した機械式時計が発明される。
16世紀 イタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイが振り子の等時性を発見、
晩年には振り子時計を設計する。
1556年 ドイツのゲオルク・アグリコラが
著書『デ・レ・メタリカ』で、鉱山換気用のファンについて記述する。
16~17世紀頃 ヨーロッパで馬車の懸架装置に衝撃吸収用の鋼製バネが搭載される。
1657年頃 オランダの物理学者ホイヘンスが振り子時計を発明する。
1678年 イギリスの自然哲学者ロバート・フックが
バネの物理法則(フックの法則)を発表する。
18世紀頃 さまざまなピッチでのコイルバネ製造機(コイリングマシン)が作製される。
1790年 スペイン帝国(現メキシコ)の神父アントニオ・アルサテ・イ・ラミレスが
ボールタップ式フロートスイッチを発明する。
1797年 イギリスの実業家エドモンド・カートライトが
蒸気機関用ボールタップ式フロートスイッチの特許を取得する。
1834年 ドイツの鉱山技師が、鉄線を撚り合わせてワイヤロープを開発、
鉱山の立坑作業用に用いられる。
1845年 イギリスの発明家ロバート・ウィリアム・トムソンが
空気入りゴムタイヤの特許を取得する。
1851年 フランスの物理学者レオン・フーコーが
フーコーの振り子を用いて地球の自転運動を証明する。
1854年 イギリスの技師ジョン・ラムズボトムが
外燃機関(蒸気エンジン)向けにピストンリングを発明する。
このパッキング技術により、内燃機関が可能になる。
1865年 イギリスの物理学者ウィリアム・ランキンが
水を加速させる円盤としてプロペラを見なす運動量理論を提起する。
1867年 車輪の外周(トレッド)がゴムで覆われ始める。
1888年 イングランドの獣医師ジョン・ボイド・ダンロップが
自転車用の空気入りゴムタイヤを発明する。
1894年 スウェーデンの発明家グスタフ・ド・ラバルがミルクセパレータを開発する。
1895年 フランスのミシュラン兄弟が
自動車用の空気入りゴムタイヤを発明し、競技レースに出場する。
1908年 ドイツの技術者プロスパー・ロランジュが、Deutz社とともに
ディーゼルエンジン向けの精密な噴射ノズル/ポンプを開発。
1920~1930年代 スウェーデンの化学者テオドール・スヴェドベリが
現代的な遠心分離機を開発する。
1939年 ドイツのハインケル社が、世界初のターボジェットエンジン搭載の
航空機He178を初飛行させる。
1967年 ドイツのボッシュ社が開発した電子制御式噴射装置を
搭載した乗用車が販売される。
1969年 アメリカのトーリン社が、数値制御(NC)式のバネ製造機を開発する。
◆輸送機械
【車両】
1769年 フランスの軍事技術者ニコラ=ジョゼフ・キュニョーが
大砲牽引用の蒸気エンジン式三輪自動車を開発する。
1802年 イギリスの技術者リチャード・トレビシックが
蒸気エンジンを台車に搭載した蒸気機関車を開発する。
1814年 イギリスの技術者ジョージ・スティーブンソンが
石炭輸送用の実用的な蒸気機関車を開発する。
1830年代 スコットランドの発明家ロバート・アンダーソンが
電気自動車を開発する。
1837年 イギリスのロバート・デビットソンが
ガルバーニ電池を搭載した電気機関車を開発する。
1865年 イギリスで赤旗法が成立。当時普及しつつあった蒸気自動車が、
道路を傷め馬を驚かせると敵視され、
走行時に赤い旗を持った人物が先導するよう義務化される。
1879年 ドイツのヴェルナー・フォン・ジーメンスが
実用的な電気機関車を開発する。
1879年 ドイツの工学者ジーメンスが、工業博覧会で電気機関車を披露する。
1881年 ドイツ・ベルリンで路面電車が開業する。
1885年 ドイツのゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツが
それぞれ独自にガソリンエンジン式自動車を開発する。
1887年 フランスの技術者レオン・セルポレーが蒸気エンジン式気動車を開発する。
1895年 日本・京都で、琵琶湖疎水にある蹴上発電所の電力を用いた電車が開業する。
1908年 アメリカのフォード車が、大量生産方式により安価となったガソリン自動車、
フォード・T型を販売。自動車の大衆普及のさきがけとなる。
20世紀 世界各地でモータリゼーションが起こり、自動車が生活必需品になる。
1911年 イギリスのエミール・バチェレットが
磁気浮上リニアモーターに関する特許を取得する。
1921年 日本でガソリンエンジン式気動車が営業開始される。
1924年 ロシア鉄道向けにディーゼル機関車が開発される。
1934年 イギリスのGreat Western鉄道がディーゼルエンジン式気動車を導入する。
1934年 ドイツの技術者ヘルマン・ケンペルが磁気浮上鉄道に関する特許を取得する。
1936年 イタリアで長距離高速列車が製造される。
1940年代~1970年代 イギリスの工学者エリック・レイスウェイトが
リニアモーターの研究開発を行なう。
1970年代 スイスでカーシェアリングが行なわれる。
1971年 ドイツのメッサ―シュミット・ベルコウ・ブローム社が
初の有人磁気浮上鉄道を開発する。
【船舶】
紀元前4千年前 エジプトやメソポタミア地方で、帆船が使用される。
1807年 アメリカの技術者ロバート・フルトンが外輪蒸気船を製造する。
1858年 イギリスの技術者アイザム・K・ブルーネルが
スクリュープロペラを備えた外洋客船を製造する。
【航空機】
4世紀頃 中国で竹トンボについて記述した書物が書かれる。
10世紀頃 中国で、火槍や火箭(かせん)など、現在でいうロケット花火が使用される。
1505年頃 イギリスのレオナルド=ダ・ヴィンチが
『鳥の飛翔に関する手稿』でヘリコプターのスケッチを残す。
1901年 アメリカの技術者グスターヴ・ホワイトヘッドが
飛行機の有人飛行を成功させたといわれる。
1901年 ドイツの工学者ヘルマン・ガンズヴィントが
ヘリコプターによって15秒間の浮上を成功させる。
1903年 アメリカの自転車屋ライト兄弟が、飛行機の有人飛行を成功させる。
1903年 ロシア帝国の物理学者・数学者ツィオルコフスキーが、
液体燃料ロケットエンジンを構想する論文を発表する。
1914年 アメリカの飛行機ベノイストXⅣが
タンパ湾両岸35kmを横断する初の定期旅客飛行便となる。
1915年 ドイツの飛行機フォッカーE.Ⅲが
プロペラ内面から機関銃を掃射する初の量産戦闘機となる。
1926年 アメリカのロバート・ゴタートが
はじめて液体燃料ロケットエンジンの飛行を成功させる。
1936年 ドイツの技術者ハリンリヒ・フォッケらが
安定飛行のできる初の量産型ヘリコプターの飛行に成功する。
1942年 ドイツが液体燃料ロケットエンジンを用いた
V2ロケットミサイルの発射に成功する。
宇宙空間へ到達したはじめての人工物体となる。
1944年 アメリカがドイツのミサイル発射施設向けの無人爆撃機BQ-7を開発試行する。
1947年 アメリカの飛行機ベルX-1が、ロケットエンジンを搭載して
飛行機として初めて音速を超える。
1949年 イギリスの飛行機コメットが世界初のジェット旅客機となる。
1958年 ソ連が液体燃料ロケットエンジンを用いた
スプートニクロケットの発射に成功する。
1987年 日本のヤマハ発動機社が、産業用無人ヘリを開発する。
1995年 アメリカで無人偵察機プレデターが配備、軍事作戦に投入される。
運動器(石器)は三百万年以上昔から、輸送機械(車)は五千年以上前から、そして原動機(水車)は四千年前から、それぞれ今日まで発展しながらホモ・サピエンスの、わたしたちの生活と共にありました。
たとえば、石器や弓矢はホモ・サピエンスの身体の行為範囲・影響強度を変質させ、手押し車は何百kgもの石材・貨物の移動を容易にし、そして水車は人手要らずのまま碾き臼を回転させたり田んぼに水を引いたりしてきました。
これらの発明・生活への導入によって、その生態を変質させたホモ・サピエンスは、もはやそれまでと同じホモ・サピエンスとは呼び難いです。そこには、アリとクジラのあいだほどもある大きな行動様式の変化が横たわっています。
技術史・人類史のなかには、エポックメイキング(新時代を創る)な発明というのがいくつかあります。石器、車輪、水車のほか、ローマ帝国時代のコンクリート、産業革命時代の蒸気エンジン、19世紀の電気モーター、今日のAI(人工知能)技術などです。
動物行動学者であれば、これら技術の節目節目で、ホモ・サピエンスの行動様式にある変化が訪れたことを見抜くでしょう。そんな膨大な変化の総体のうえに、いまのわたしたちが立ち、日々生きているのだ、と自覚するのは、大事なことのように思えてなりません。